アラスカ半島縦断
・・・ダルトンHighwayで越える「雪渓のブルックス山脈」・・・

2003・7月      

雨は上がった。
私たちは、3日と半日をかけてアンカレッジからアラスカ鉄道と共に北上、
フェアバンクスからは地を這うパイプラインに導かれ、まるで極点の磁気に
引っ張られるように最北の町にたどり着き、感動の一日を終えたのだった。
そして再び、折り返し点、即ちこの油田基地プルードベイ(北緯70度22分)を後に
モスキートロードと化した夏のツンドラの一本道をブルックス山脈に向けて走り出す。

昨日の地面の跳ね上げで、オーバーパンツに重くこびりついた泥もそのままに
しておいた。どうせ今日も同じことだろうし、運良く又、雨が流してくれるかもしれない。
ノーススロープの基地を後にしながら、マッチ箱を寝かせたようなシンプルな施設が
50センチ〜1メートルの立ち上がりがあることに気がつく。シベリアなどの寒冷地では
地表に熱が奪われないように、建設の際地下に杭をうち、集合住宅さえも地表との
隙間を作るらしい。高緯度特有の工夫だ。なにしろここは2月にはマイナス30度〜
40度にも下がる場所なのだ。

オートバイのエンジン音と、ツンドラを突き抜ける風の音以外に時折、油田基地に
離発着する輸送機やヘリコプターの爆音が空に響きわたっていた。
四方八方何もない孤独な荒野でアメリカ人はなんとスケールの大きいことを
やってのけるのだろうか!
やがて数10マイルも走ると再び人の匂いがしなくなった。

こんな真平らな道なのに、昨日見た風景とは違う。
小さな沼や作業を中断したままの質素なステーションも見つけられた。
北上と南下のみのいたって単純な道であるがゆえ、一対の景色を楽しむことが
できる。この道しかないから引き返すと言ってしまえばつまらない‘帰り道’に
なってしまうが、この地に来る人の為だけの道なら、私的にはなんとも贅沢なルート
だと感じていた。

Hill & Hillを繰り返し、行く手に延びる一本道の遥か彼方に雪を抱いたブルックス山脈
が見えてきた。山頂付近は灰色の雲にすっぽりと覆われている。
寒々とした風を前方に感じながら刻一刻と迫り寄る。
低く垂れ込めた雲は、昨日の晴れ間の清々しい緑をモノトーンの世界に変える。
行く手に立ちはだかる岩肌が間近に迫ってくると、アップダウンを共にしてきた
パイプラインは静かにその先端を山脈の腰に潜らす。

私たちは登坂にグッーとアクセルを開く。

フラットダートは路肩になるほど石ころが大きい。落石した石も誰かに取り除かれる
こともなく、山肌から剥がれた鋭いままだ。
残雪が谷に落ち込む切り立った斜面をくぐり、峠の路肩に止まる。
メットを外し、顔面で冷気を吸ってみる。手持ちの温度計は5度。
しかし、体感はもっと低く感じられる。吹き降ろしのせいだ。
私はアラスカに来て初めて体の細胞がすくみ上がる様な痛冷たい空気を感じた。
そしてどこかその時を待っていた気がする。

北緯68度線上でこれほどの高峰が千キロも東西にまたがっている場所は
地球上他にない。峰々が遥かカナダにまでおよぶ北米最北ブルックス山脈の
ほぼ中央、Atigun Pass。そこは冬季に越えられるはずもない我々に、あと数ヶ月も
すれば雪と氷に閉ざされるだろう自然の厳しさを真夏に垣間見せてくれた場所だった。

峠を下る。

低く降りた雲で視界が悪い。しかもみぞれ交じりの雨とゴツゴツした路面では慎重に
下らなければ危険だ。
中腹でパーッと雲が切れて日の差す下界が見えた。忘れかけていた白い蛇は、
いとも簡単に地上に這い出し、遥か遠くに進み出ていた。

プルードベイを出発して400キロ余り、サイドミラーに映った白いブルックス山脈は
どんどん遠ざかり、またしても空を突き刺す針葉樹のダートにのり名もない川を
いくつも越えながら南下して行く。

     北極に近道も遠回りもない...
     乾けば土ぼこりが舞い上がり
     雨なら跳ね上がる泥のDalton Highwayがあるだけ
     ささやかに許されている場所にのみ人が住み
     最小限の施設で体を休め
     あるがままの自然をたっぷりと残す


      パイプラインとともに生まれ、唯一陸路で北極海へ通じるフェアバンクスから
往復にして約1600キロのこの人気のない孤独なハイウェイに私は
充分満足していた。

この道を走る時、とてつもない広い空があり、
人を寄せ付けない山があり、
冬の厳しさを乗り越えてその地に住むカリブーやムース、グリズリーに
時折出会う。
人間に付着した余計なものを削ぎ落としてゆくようなこの一本道に
アラスカの風を感じられずにはいられなかった。

私たちはダルトンハイウェイを駆け下り、鮮やかなパープルピンクのファイヤーウイドー
に再び迎えられフェアバンクスからアンカレッジに戻った。

私は自家用セスナが短い加速距離で飛び立つシーンもいつしか見慣れていた。
それは自分達が普段、車で買い物にでも出かけるように澄んだ空に吸い込まれていく
白夜であれ、極夜であれ、極寒であろうとも人間だけでなく命あるものが
環境に順応する力はすごい。

短いアラスカの夏    北極海を臨む1800マイル
バイクの旅を選ぶならなおさらこの時期にしか許されない
陸路唯一の一本道 James W Dalton Highway
フェアバンクスの郊外で出会った地元の人は目を丸くしてこんな風に話した
「Prudhoe Bay? 我々だってそんなところ行ったことないサ!」

私のアメリカ18州目の旅は
どうやらものすごいところを走ったらしい・・・
Kaori